思考する機械コンピュータ (サイエンス・マスターズ)思考する機械コンピュータ (サイエンス・マスターズ)
著者:ダニエル ヒリス
販売元:草思社
発売日:2000-10
おすすめ度:5.0
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コンピュータの動作原理から人工知能まで。幅広い内容だが、徹底して論理の視点を貫いている。

コンピュータの本質は半導体などの技術論ではなく、いかに論理を組み立て実行するかということだ。ブール演算回路と有限状態機械の考え方さえ実現できればそれは半導体ではなくても、水でも、糸と棒でも構わない(実践してしまっている所が凄い)。そういった、コンピュータの基礎的な考え方を前半で述べ、後半はより人間的な「思考」に近づく概念である、チューリングのユニバーサルマシンや、ヒューリスティック、並列コンピューティング、学習といった考え方を説明する。

人間の思考は脳で行われている。人間の思考について、物理法則に支配される物質である脳からいかにして意識や心が生まれるのか根源的に問う心脳問題や、人間の脳をコンピュータ(ユニバーサルマシンとしてのコンピュータ)でエミュレーションすることによって、人間の思考の再現可能性を問うシンキングマシンの実現といった視点がある。

著者は、シンキングマシンは実現可能だがその原理は人間には理解できない、という見通しを立てた。その根拠は、彼自身が検証した進化論的シミュレーションで生成したソートプログラム(任意の数字列を順番通りに並べ替えるプログラム)と、従来型アルゴリズムのソートプログラムの比較にある。進化論型アプローチは、初期状態として基本的なソートアルゴリズムを与え、自らのアルゴリズムを変遷しながら効率の悪いアルゴリズムを淘汰し、よりよいアルゴリズムが残るように淘汰を続けて十分に質の高いアルゴリズムを得ようとする試みだ(人間の脳と同じアルゴリズムを生成するわけではないが、ある最適なアルゴリズムに収束するのではなく、発散と淘汰を繰り返すという、脳が歩んできた進化の道筋と「同じプロセス」であることが重要だ)。

驚くべき事に、この進化論的シミュレーションで生成されたソートプログラムは、他のどんなアルゴリズムを使った場合よりも高速な処理が可能であったという。さらに驚くべきことに、(いわば天才である)著者にも理解不可能な命令手順であったことだ。

この事実から、思考は計算可能であるものの、彼は進化の産物である脳の動作原理は根本的に人間には理解不能であるという仮説を立てた。シンキングマシンは実現可能だが、心脳問題は解けないと悟ってしまったのかもしれない。

計算可能性と思考の間には大きな断絶がある。脳を計算し尽くす道筋が立っても、そこに意識や心が生まれる第一原理は何も見いだせないのだ。

現在の物理法則においても、通常認識し得る物理法則と量子論が明らかにする物理法則の間に、まだ大きな分断が有るように感じる。本書では量子コンピュータの可能性についても触れられたが、論理と思考の間の分断は、この物理法則の分断と無関係ではないはずだという期待が生まれる。

いずれ量子コンピュータが実用化され、また量子論と相対論を結びつける統一場のような物理法則が発見出来たときには、心脳問題も解き明かされるのだろうか。