負け組アーキテクトの憂鬱

メモしておきたいことや読書の記録を淡々と書く。

2009年08月

[読書]Googleを支える技術 -巨大システムの内側の世界5

Googleを支える技術 ?巨大システムの内側の世界 (WEB+DB PRESSプラスシリーズ)Googleを支える技術 ?巨大システムの内側の世界 (WEB+DB PRESSプラスシリーズ)
著者:西田 圭介
販売元:技術評論社
発売日:2008-03-28
おすすめ度:4.5
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ウェブ進化論と同様、これも「必ず読め」と言っている一冊。

ここに書かれていることは最先端の理想的な理論ではなく、既にGoogleで実用化された枯れた技術であることに衝撃を受けた。読んだ当時に少しだけ弱まっていた、技術への純粋な意欲を取り戻すきっかけになった一冊でもある。

Googleの技術論文をかいつまんで情報系の大学生でも読めるレベルで解説したとあるが、まさに理解しやすい解説で、詳細な技術への良い入り口だ。大容量のデータの扱いかた、分散処理の考えかた、普段このような大規模なシステムを触れる機会が少ないエンジニアこそ読むべき内容だ。

一方で、この内容の本が出版され世のエンジニア達の愛読書となっていることには恐怖すら感じる。お金さえ支払えばこの内容を頭に入れることは誰でも出来るのだ(そしてネットさえあれば無償でGoogleの論文にたどり着く)。ここで紹介されている内容を理解している位ではまだまだ甘い。世の中ではもっともっと先進的でとんでもない発想が実現され続けているのだ。

[読書]成りあがり How to be BIG―矢沢永吉激論集5

成りあがり How to be BIG―矢沢永吉激論集 (角川文庫)成りあがり How to be BIG―矢沢永吉激論集 (角川文庫)
著者:矢沢 永吉
販売元:角川書店
発売日:2004-04
おすすめ度:4.5
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「矢沢永吉」とはもはや一人の個人の事ではなく、生き方のリファレンスモデルなんだろうとさえ思う。

彼自身があらゆる負の環境、感情にどうやってオトシマエをつけてきたのか、率直な言葉で表現される。

困ったことや辛いことに直面する度に「こんな時に矢沢ならどうするだろうか」と考えることが次の行動に繋がるのであれば、それで良いんじゃないか。この一冊がファンの間でバイブル化している理由もきっとそのあたりにあるのだろう。

自分自身にもっとも厳しく接するからこそ、自分自身への信頼が生まれる。弱い自分もすべて受け入れた上で、それでも甘えを許さない。そんな生き方、誰でも憧れる。誰だってそうありたい。

彼の凄さは、今でもそんな憧れの対象で居続けていることだ。

[読書]ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる5

ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)
著者:梅田 望夫
販売元:筑摩書房
発売日:2006-02-07
おすすめ度:4.5
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必ず読め、と言っている一冊。

オープンソースやロングテール、集合知や総表現社会、学習の高速道路理論や「あちら側」「こちら側」の概念の提示など、現在のネット社会の基礎になる部分を提示した功績が何よりも大きい。この本を知ったきっかけは友人からの口コミだったが、しばらく活字離れしていた自分を読書の世界に引きずり込んだ思い出深い一冊でもある。当時には「そんなことは既に知っていた」「真新しい概念は何もない」といった書評も少なからず見られたが、筋の通った批評であればともかく、実際に社会に影響を与えていない人間がこの本の内容に何を書いても惨めに見えるだけの影響力があった。

一貫して背景にあるのは「ネットの善の側に賭ける」という意志だ。元々、利用者の善意を前提としたシステムであるインターネットは今、構造的なセキュリティの問題に悩まされている。それでもなお人々の善性を信じることを説くことは大きなエネルギーを費やしただろう。

そして出版から数年後、梅田さんが「日本のwebは残念」と発言し、物議を醸したのは記憶に新しい。

正直言ってこの発言には、身の回りの人間も含めてショックが大きかった。冒頭の通り「必ず読め」と多くの仲間に勧めているのだが、何度もこの「日本のwebは残念」の真意について話し合った。梅田望夫というロールモデルは少なくとも我々の目標であったはずだ。自分の考え方に大きな影響を与えてくれたその人の「残念」発言は想像以上に大きい絶望感になってしまっていた。

では、日本のwebを残念たらしめてしまった我々はどうすべきだろうか。まずは何より、我々に善の側に賭けることを教えてくれた人に残念と言わせてしまったことを恥じなければならない。そして日本のwebが「残念ではあったが手遅れではなかった」ことを、近い将来に結果を持って示すことが必要なのだ。

[読書]思考の補助線5

思考の補助線 (ちくま新書)思考の補助線 (ちくま新書)
著者:茂木 健一郎
販売元:筑摩書房
発売日:2008-02
おすすめ度:4.0
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考えるとはどういうことか。

一見異なる概念の間に何らかの因果関係を見つける。考える事で世界の見え方が変わる。一本の補助線で異なって見えていた図形の見え方が変わる。ニュートンは月とリンゴの間に万有引力という補助線を引いた。本書は、物質と心の間に補助線を引かんとする著者の「考える快楽」の表現だ。

世界に溢れる叡智は、到底一人の人間が引き受けられるものではない。ある分野を極めようとするだけでも一生を賭けて足りるか分からない。世界全体を理解しようなどという試みは必ず敗れ去る運命にある。

それでも世界を構成する概念の間に補助線を引き続けるにはどうすれば良いのか。本書から読み取るべきはその方法だろう。考える事をあきらめず、知ることをあきらめず、すべてを知ることなど出来ない事を理解してなお考え続けるための、鮮やかな補助線を引くという実践を基にしたレクチャーなのだ。

自らの知的強度の弱まりを省みて、再び知的快楽を追う。心から勇気づけられる内容だ。

PlayStation3でPlayStation2の互換が難しい理由まとめ

薄型のPlayStation3が発売間近だ。

PlayStation 3(120GB) チャコール・ブラック(CECH-2000A)PlayStation 3(120GB) チャコール・ブラック(CECH-2000A)
販売元:ソニー・コンピュータエンタテインメント
発売日:2009-09-03
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PLAYSTATION3というコンピュータから、PlayStation3というゲーム機に格下げになってしまった事を象徴するかのように「その他のシステム」の起動機能が削られる等の変更はあったものの、基本的にはデザインと値段以外は変わらない(BRAVIA LINKは嬉しい人は多いだろう)。

新型のPS3で筐体デザイン以外で話題になったのがPlayStation2との互換機能(PS3でPS2のゲームが遊べること)だ。本体コストダウンのため、当初は搭載していたPS2互換機能が需要のある機能でありながら、コストダウンのためにある時点から本体から削除されたという経緯がある。

手持ちのPS2のゲームを遊ぶにはPS2も維持しなければならない。PS3を手に入れたらPS2は手放したいものだ。PS3の高画質でPS2のゲームを遊びたいという需要もあるだろう。「いずれシステムアップデートでPS2の互換が復活するのではないか」という憶測も飛び交っている。

このPS3のPS2互換機能について、簡単にまとめておく。

互換の対象

どうやって互換を取るのか把握するため、まずはPS3,PS2の中身の仕組みをざっくりと把握しておく必要がある。

PS3はCell B.E.というCPUと、RSXというGPUで構成されている。パソコンで言うところのCPUとGPUの関係とほぼ同じだ。一方PS2はEmotion Engine(EE)というやや癖のあるCPUとGraphic Synthesizer(GS)というGPUに相当する半導体で構成されている。「PS3でPS2のゲームを遊ぶ」ためには、EEとGS用に作られたプログラムを、PS3上でそのまま実行することが出来ることだ。大きく分けて二つのアプローチがある。ハードウェアで実現する方法とソフトウェアで実現する方法だ。ハードウェア互換えはでは部品が余分に必要になる分、そのコストが本体価格に跳ね返り、ソフトウェアでは別のCPUをエミュレーション(バイナリトランスレーション)するのに十分な処理能力とアルゴリズムが必要になる。

初期のPS3(60G,20Gモデル)の方針

初期のPS3では、ハードウェア互換を採用していた。本体の基盤の上に、PS2のCPUとGPUに相当する"EE+GS"というチップが載っている(参考)。これはもともとEEとGSという別々のチップだったものがコストダウンの結果統合されたものだ。参考先にある、マザーボード表面の左側がそれ。EE+GSのすぐ上に付いてる黒い2つのチップはEEのメインメモリ(PS2のメインメモリ)だ。初期のPS3には、PS2がまるまる一台載っていたのだ。当然部品点数も増えるし、安くなったとはいえ単価の高いCPUが載っていて、しかもPS2のゲームを起動していないときには遊んでしまっている。コスト構造としては最悪だ。これは後の40GB版PS3ですべて削減される(PS2互換機能の廃止)。

欧州版PS3の方針

一方、PS2との互換性のニーズが日米ほど高くなかったためか、欧州版のPS2互換は若干事情が異なる。EE+GS(とPS2用メモリ)を搭載した初期型のPS3とは異なり、EEはCell B.E.によるソフトウェアエミュレーション(バイナリトランスレーション)、GSはハードウェア互換という構成を採用した。EEはバイナリトランスレーションの目処が立ったものの、GSをCell B.E.とRSXでエミュレーションすることは困難だと判断された結果だろう。詳細は後藤弘茂のWeekly海外ニュース:欧州で登場した“低コスト版”PS3の正体が詳しい(なお、記事中ではサウスブリッジにGSが接続されていると予測されているが、実際にはなんとRSXに接続されていた)。

今まではEE+GSとメモリのすべてを搭載しなければいけなかったところを、メモリを廃し、EE+GSをGSだけに置き換えたことになる。メモリがCell B.E.用のものと共通化することが出来たとはいえ、もともとワンチップだったEE+GSが、GSだけのチップに置き換わったことによるコストダウンの効果は疑わしい。EEを削減した分、ダイ面積は確実に減るだろうが、EE+GSなら併売しているPS2とも部品を共通化できるものの、GSだけとなるとPS3専用設計となってしまうのもコストとしては不利だ。

また、EEハードウェア互換に比べて、互換性の制度が極端に悪かったことも問題だ。当時公開されていたPS2ソフトの互換性リストでも、欧州版は散々な状況だったと言える。

なぜGSのソフトウェア互換が難しいのか

上記リンク先に答えが書いてあるが、GSがソフトウェアでエミュレーションできない理由は、GSが扱うメモリの構成にある。そもそもGSのメモリ(VRAMに相当する)はGSのオンダイ(同一の半導体チップ上)に実装され、マザーボード基板上の回路を介さない。このため非常に速いメモリアクセスを実現している。

また、オンダイで実装したため4MBと小容量になってしまった弱点を補うため、EEのメインメモリと広帯域のバスで接続されていて、頻繁にデータをスワップさせている。Cell B.E.とRSXの構成では、オンダイの超高速メモリも、超広帯域バスもない(単純な広帯域バスならばFlexI/Oがあるが、この用途には使えない)。

このため、GSをCell B.E.とRSXでエミュレーションすることは原理的にかなり難しい(ほぼ不可能)と言える。

加えて、XBOXのDirectXのようなAPIの不在も問題だ。EE+GSで性能を絞り出すには、いわゆるマシン語による、EE+GSに特化したプログラムを記述する必要があった。つまり、移植性がきわめて低い(=エミュレーション難易度が非常に高い)。XBOXとXbox360の互換の場合は、マシンアーキテクチャは全く異なるものの、GPU周りは基本的にはDirextXの実装だけで済む。DirextXを使っている限り、中身の詳細なアーキテクチャは隠蔽される。

しかし、PS2互換の場合にはGSの半導体としての挙動をすべて(しかもリアルタイムに)忠実に実装しなければならない。これはエミュレータ側で相当の努力をしなければならない。仮にGSのソフトウェアエミュレーション化が実現できたとしても、欧州版(EEのエミュレーションのみ)でも相当数のPS2ソフトが動作しなくなったことを考えると、絶望的な互換性しか実現できないだろう。ソフトウェアエミュレーションの精度を上げるための継続的な修正が必要となる。

実際、Xbox360のXBOX互換はエミュレータのバージョンアップ(というか、動作させるソフト毎のチューニング)を継続的に行っていた。だが、巨大なシェアを獲得し、無数のPS2ソフトで同じ事をやるとなるとわけが違う。XBOX互換は、XBOXが売れなかったから出来る方式とも言える。これがGSのソフトウェア互換方式が難しい理由だ。

PS2互換の実現可能性

ここまで見て明らかなように、ハードウェア互換は商品価格を犠牲に互換を取る方法、ソフトウェア互換はランニングコストを犠牲に互換を取る方法だ。当初の「PS3がトップシェアを獲得することを前提としたモデル」では、多少本体価格が高くてもハードウェア互換を採用し、十分な互換性確保の目処が立ったところでEEをエミュレーションに切り替え、本体価格を引き下げるという目論見があったのではないだろうか。

しかし現実は、PS3のシェア争いは苦戦を強いられている。当初の想定ほど、ハードウェア普及とソフトのライセンス収入の正の循環構造を構築出来なかったと言える。思ったほどの利益が得られないのであればコストを削減するしかない。そのため、PS2からの買い換え需要の機会損失や、PS2の併売リスクなどを天秤にかけてでも、PS2の互換機能を削減せざるを得なかった。それだけ本体価格引き下げと、ソフトウェア互換の保守維持費用削減のコストダウン効果が大きいことを意味している。

PS2互換機能が復活するためには、互換機能による普及機会と維持コストもう一度天秤にかけなければいけない。確かにテレビラックにPS2とPS3を両方置くスペースは無いかもしれないが、いずれPS2のゲームが起動する回数は減る一方で増えることは無いだろう。時間が経てば経つほど、互換機能の旨味は減っていくことになる。そこに一度は減らしたコストを再度計上するとは考えにくい。そのコストはPS3の前向きな機能拡張や、PlayStation4の開発にかけるべきだ。確かに互換機能が無いことで損をしている部分は大きいだろうが、本体価格にこれ以上コストの上乗せはできないためハードウェア互換は難しく、ましてランニングコストを上げてしまうことなど出来ないため、ソフトウェア互換も難しい。

ハードウェア互換を削減した、40G版以降のPS3にもシステムアップデートによるPS2互換が期待されているが、技術的な実現可能性が限りなく低いうえ、時間と継続的なコストがかかるとすればPS2互換機能の復活はほぼ無いと言える。今更、高いコストをかけて不完全な互換性を実現することは考えにくい。

もしPS2互換が復活するとすれば、次期モデルでのハードウェア互換の可能性がわずかにある程度だろう。それもPS2互換を必要としない人向けの廉価版をベースに、拡張カードのような扱いになるのではないだろうか。

[読書]人は死ぬから生きられる―脳科学者と禅僧の問答4

人は死ぬから生きられる―脳科学者と禅僧の問答 (新潮新書)人は死ぬから生きられる―脳科学者と禅僧の問答 (新潮新書)
著者:茂木 健一郎
販売元:新潮社
発売日:2009-04
おすすめ度:4.5
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解が不能である問題、オープンエンドな問題への適応戦略とはいかにあるべきか。

意識の問題や心脳問題などをひっくるめて、人間が人間である理由はオープンエンドである。

何が解決なのか答えが出ないと腹をくくった上で、それでもなお賭ける覚悟が出来るかどうかだ。分かったフリをしたり、自分の知識の範囲内の概念に押し込めてしまうようでは考えが浅い。

アウトサイダーの脳科学者と、アウトサイダーの禅僧の対談は刺激的だったに違いない。仏教ではこのような問題を「苦」と言い、脳科学者はそれに向き合うことこそが「快楽」だと言う。仏教で言う「無情」と「業」という対になる概念は、脳科学では「偶有性」と「因果律」と表現される。「人はいかにして人であるか」という同一の問題に対する言語はここまで変わるものなのか。この対談自体が言語化してしまう危険性を孕んだ、スリリングなものだっただろうと想像できる。

このわけのわからない世界全体に向き合うとき、如何にして目的地を設計するのか。どのような方便を立ち上げるべきなのか。少なくとも、常に疑い続ける姿勢を持ち続けなければならないことだけは確実だ。安易な思考停止に陥って、大きな概念をつかみ損ねないためにも。

[読書]禅的生活4

禅的生活 (ちくま新書)禅的生活 (ちくま新書)
著者:玄侑 宗久
販売元:筑摩書房
発売日:2003-12-09
おすすめ度:4.0
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禅の考え方は、悩みや問題の解決法や決定や選択の根拠になるものではない。どんな状態であれ、「今、ここ」を受け入れ、肯定するための考え方だ。

迷いの原因や日常をどう生きるべきか、「風流」の考え方についてなど、良い意味での「ゆるい」文体で禅の考え方を紹介する。

面白いのは、脳の仕組みと絡めながら「悟り」の状態を考察している点だ。随所で右脳と左脳について語られているが、ここでは脳の物理的な部位としての右脳左脳ではなく、感情的思考、論理的思考などを解説する上での大まかな機能分類としての右脳左脳と理解すべきだろう。

悟りの状態は意識が混沌とした状態を意識することであって、「うすらぼんやり」した状態がその入り口だと言う。見るともなく見る、どこかに意識を集中することなく、大局を見る状態という意味だ。

この状態は、脳科学の論考クオリア入門で言う、志向性や視覚的アウェアネスで説明ができるかもしれない。つまり、悟りの状態は、志向性(視覚情報の中の特徴の所在情報)の無い、視覚的アウェアネス(視野の中に視覚情報が並列的に存在している状態)だけの状態ではないだろうか。「私が○○を見ている」という主観性の無い状態と言える。本書で解説されている「絶対的一者」の考え方とも矛盾しない。

煩悩が、知的成長を阻害する要因、思考停止の原因であるとするならば、知的卓越のためには煩悩を取り去らなければならない。煩悩の原因は人間の脳の癖にあると説明される。本書で指摘されている人間の脳機能と、対応する煩悩は以下の通り(ゆるい表現だ)。

  1. 全体視機能(イッショクタに見ちゃう)
  2. 還元視機能(細部ばかり気にする)
  3. 抽象機能(概念に溺れて具体を見ない)
  4. 定量機能(数えたり計ったりして、もっと欲しがる)
  5. 因果特定機能(ご褒美を期待しちゃう)
  6. 二項対立判断機能(つい比べちゃう)
  7. 実存認知機能(大袈裟に考えたり簡単にあきらめたりする)
  8. 情緒的価値判断機能(感情にとらわれる)

いずれも必要な機能であるにも関わらず、陥りがちな煩悩と表裏一体である事がわかる。悟りとはこれらの機能がほとんど働いていない状態だ。しかし悟りの状態を体験することで、現実的にこれらの脳機能をより意識的に使うことが出来ると言う。煩悩にとらわれる事も少なくなるのだろう。

悟りを経験することで煩悩を廃する。クオリアの考え方から、悟りへの往相「色即是空」とは志向性の排除で、現実への還相「空即是色」とは知的怠惰や思考停止から脱する事とも言えるだろう。知的成長、自己研鑽をする上でも禅の考え方は有効であることがわかった。

ま、そういう簡単なモノでも無いんだろうな。

[読書]クオリア入門―心が脳を感じるとき4

クオリア入門―心が脳を感じるとき (ちくま学芸文庫)クオリア入門―心が脳を感じるとき (ちくま学芸文庫)
著者:茂木 健一郎
販売元:筑摩書房
発売日:2006-03-09
おすすめ度:3.5
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物質である脳に心はいかにして宿るか。心脳問題は未だ解決されない問題の一つだ。クオリア(意識に感じられる質感)を切り口に、その難しい問題に深く切り込んだ論考である。

脳細胞の固まりでしかない物質は物理法則で語られるはずであるにも関わらず、現在までに心の在り方の法則性や秩序は見つかっていない。10を知れば100が分からなくなるというこの問題の、現在までに分かっている事実や今後の研究への展望が語られる。

一見脳とは関係なさそうな研究成果や概念が、心脳問題を考える上で非常に重要であることが見い出されるのが興味深い。

物理的時間と心が知覚する心理的時間の間にマッハの原理を持ち込むことによって脳科学と相対論の間に見事な補助線が引かれる。また、主観性の基礎でありクオリアの知覚のためのポインタに相当する機能が、ブレンターノの言う「志向性」と同じ概念だったことの発見によって、哲学との間の補助線も明確となった。

脳内の心の在り方の考察から、物理学や哲学、その他のあらゆる学問や人類の叡智の根源は、実は渾然一体としたものであることを予感させられる。とても不思議な読後感だ。

いずれ心脳問題が解き明かされ、人間の心がまるで状態関数のように語られる日は来るのだろうか。そんな日は来ないかもしれないし、来るとしてもまだまだ先の話になりそうだ。心脳問題は脳科学者だけの問題ではない。自らの志向性や主観性を問い続ける限り、誰もが向き合うべき問題なのだ。