「iPadがやってきたから、もう一度ウェブの話をしよう」(iphone/iPad版)、たった今、発売になりました! - My Life Between Silicon Valley and Japan

この書籍には三つの側面がある。中島聡さんとのiPadをテーマにした対談を収録していること、産経新聞での連載「ウェブ立志篇」をテーマ別に構成して収録していること、電子書籍専用で「紙の本」は今のところ出版されていないことだ。

中島聡さんとのiPadに関わる対談はとても興味深かった。メールによる往復書簡という形式で、二人のビジョナリーの対談内容はもちろんだが、主張と質問のバランス感覚といった、コミュニケーション手法としても勉強になった。後々に往復書簡として公開されることを意識して普段のメールを書いてみるのも面白いかもしれない。

iPad自体は、単純に楽しそうなデバイスだと思えるし、iPhoneは画面の狭さがネックで、iPadは開発者も喜んだということも良く理解できる。一方で、この紐付きアプライアンスが本当に世界を変えうるイノベーションなのか、正直まだ判断できない気持ちもある。

少なくともAndroidだけがiOSデバイスの対抗馬という見方はできない。たとえAndroidがダメでも、第二第三の「自由の象徴」が現れ、それらが世界を取って行ってしまうのではないかと思う。保護された世界観はよりも、清濁入り乱れた混沌とした状態こそが普遍へ至る近道だという方が自然に思える。

一つ言えるのは、世の中には本当にiPadとその可能性を評価し熱狂している人達と、残念ながら「iPadこそがイノベーションだ」と言うことが目的になってしまっている人達がいて、両者の言説が入り交じった状態だということだ。これらはきっちり分けて見聞きし、考える必要がある。お二人は間違いなくiPadを正当に評価し、期待するビジョナリーである。彼らが感じ、考えていることを共有して貰うのは貴重な体験といえるだろう。

ウェブ立志篇については、連載中のその場その時の出来事を生々しく感じられるという意味で、まるで「シリコンバレー精神」の続編であるかのように錯覚した。往復書簡の形式も良かったが、やはりファンとしてはこの梅田節の文体がうれしい。帰ってきてくれたんだ、という気持ちになる。

こうして見てみると、「ウェブ進化論」や「ウェブ時代をゆく」から随分と本当に色々な事があったんだと気付かされる。日米共に新しいリーダーが生まれた訳だが、その顛末は明暗見事に分かれてしまった。日本におけるウェブのあり方の言及とも併せて、日本国や我々日本人の多くは、もはやけものみちを行くしか無いのだろうかと考えてしまった。

また、本書には電子書籍ならではの付加価値がある。発売後の読者のフィードバックを受けて「内容を増やしていく」というのである。往復書簡中でも触れられていた、iPadで書籍、雑誌、ウェブの境界線が曖昧になるということの実証実験でもあるのだろう。おそらくiPadで読めば、それこそ「内容が増える書籍」のように感じられるのだろう。

残念ながら自分はiPad版ではなくiPhone版で読んだ。他の電子書籍にも言えることだが、iPhone版はデバイスの小ささ故のメリットを体感できる。おかげで満員電車の中でもテンポ良く読み進めることができた。

電子書籍に不満があるとすれば、これほどの内容の書籍であるにもかかわらず、我が家の本棚に並べて背表紙を子供たちに見せることが出来ないことだ。本文でも触れられていた通り、今後は所有するという意味が変わって行くのだろう。そこに一抹の寂しさを感じてしまうのは、もはや自分も古い世代の人間なのかもしれない。